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Channel: アヴァンギャルド精神世界
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寂室の遺誡

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◎一人あるいは小グループでの修行

寂室は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての臨済宗の僧。

寂室は、入寂に際して、弟子たちを集めて、山の中や人気のない沢に閑居して修行を続けなさいと命じた。

枯禅は、禅寺では独り坐禅と読み、忌むべきものだったが、白隠盤珪なども一人坐禅を相当にやってきている。そもそもネットのない唐代とかであっても、有力禅マスターのところには、口コミで何百人も真剣な求道の修行者が集まって来るもの。こうした専門道場での集団修行は、薪や水、食物の便は良いが、それがゆえに失うものも多いのだろう。

そこで独りあるいは数名での修行を勧めた寂室は一つの見解ではある。

唐代は、破仏があって、禅は禁教だった。今は宗教の自由こそあれ、駅や繁華街にいけば、カルトの勧誘が待ちかまえ、ネットでは、ネットワークビジネス(しばしばカルトの集金手段なのだが)や自己啓発セミナーのワンクリック勧誘がはびこり、まともな宗教者に出会いたいという志を持った人が、真正のマスターに出会うのも困難な時代に成り下がった。そういう点では、環境こそ異なれ、唐代の中国や宗教禁止の現代中国と現代日本の状況は大差ないとも言える。

それでもまともな求道の志さえ持ち続けて、正師に出会うことを期待して冥想修行する人は終わりの時代には貴重である。

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