◎集団トランス
中唐の時代、翟(てき)天師は、身長六尺、暇さえあれば家にいて寝ころんでいた。
晩年になると人々の未来を予告していたが、それがよく当たるので人々の間で尊敬されていた。彼が山に行くといつでも多数の虎が出て来て、彼の後につき従ったという。
ある時、夔(き)州の市に行って大声で呼びかけるには、「今夜、八人と呼ぶ者がこの市を通るから、よくよく親切にしてください。」、と。
しかし、聞いていた町の人々にはそれが何のことかわからなかった。
果たして、その夜にわかに火災が起こり、一夜にして数百軒の家が焼け落ちてしまった。ここで人々は、八人とは火のことであったと悟った。
ある夜、翟天師は、あまたの弟子を引き連れて江畔に月を愛でに行った。弟子の一人が翟天師に向かって月の中には何があるかと問うた。
翟天師は、ただ笑って手を挙げて月を指したが、弟子たちにはその意味はさっぱりわからなかった。弟子たちがそれは何のことでしょうかと問うと、自分の指先のラインに沿って月の面をのぞいて見なさいと答えた。弟子たちがそのとおりにやってみると、月の表面に無数の金殿玉楼が甍を並べて聳えているのが見えた。
はっと思って再び眸を凝らして見ると、件の楼閣群はたちまち見えなくなった。
中国人は、冥想を見て、寝ころんでいる程度にしか思っていないのだろう。
火災の予言を火災として予言しないのは、神仏の計画を邪魔しないエチケット。善因善果、悪因悪果、形に現れてカルマは滅すという考え方はあるが、時に人情に沿わないものだから、このような謎めいた予告となる。一方で予告せずとも万人は感得しているものだと考え方があるのだろう。
最後の月の金殿玉楼は集団催眠によるトランス。意識の裂け目を見せたのだ。
中唐の時代、翟(てき)天師は、身長六尺、暇さえあれば家にいて寝ころんでいた。
晩年になると人々の未来を予告していたが、それがよく当たるので人々の間で尊敬されていた。彼が山に行くといつでも多数の虎が出て来て、彼の後につき従ったという。
ある時、夔(き)州の市に行って大声で呼びかけるには、「今夜、八人と呼ぶ者がこの市を通るから、よくよく親切にしてください。」、と。
しかし、聞いていた町の人々にはそれが何のことかわからなかった。
果たして、その夜にわかに火災が起こり、一夜にして数百軒の家が焼け落ちてしまった。ここで人々は、八人とは火のことであったと悟った。
ある夜、翟天師は、あまたの弟子を引き連れて江畔に月を愛でに行った。弟子の一人が翟天師に向かって月の中には何があるかと問うた。
翟天師は、ただ笑って手を挙げて月を指したが、弟子たちにはその意味はさっぱりわからなかった。弟子たちがそれは何のことでしょうかと問うと、自分の指先のラインに沿って月の面をのぞいて見なさいと答えた。弟子たちがそのとおりにやってみると、月の表面に無数の金殿玉楼が甍を並べて聳えているのが見えた。
はっと思って再び眸を凝らして見ると、件の楼閣群はたちまち見えなくなった。
中国人は、冥想を見て、寝ころんでいる程度にしか思っていないのだろう。
火災の予言を火災として予言しないのは、神仏の計画を邪魔しないエチケット。善因善果、悪因悪果、形に現れてカルマは滅すという考え方はあるが、時に人情に沿わないものだから、このような謎めいた予告となる。一方で予告せずとも万人は感得しているものだと考え方があるのだろう。
最後の月の金殿玉楼は集団催眠によるトランス。意識の裂け目を見せたのだ。