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新時代の開闢をなぜ岩戸開きとするか

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◎肉体という岩屋から外へ
○魂の翼の喪失とは何か

日本神話では、新時代の開闢をなぜ岩戸開きとするのだろうか。

そこで、プロティノスのエネアス4から。
『かくしてわれわれには、神のごときプラトンが残されることになる。彼は魂とその物体界への到達(と滞在)について、彼自身の書物の多くの個所で何度もすぐれた見解を述べているので、われわれは、彼から何か明確な解答を得ることができるにちがいないという希望を持つことができるのである。

では、この哲学者は、どのようなことを言っているのであろうか。彼はどこでも同じことを言っているわけではない。これは明らかである。だから人は、プラトンその人の意図するところを容易には知ることができないのである。

しかしながら、彼はいたるところで感性的なものをすべて軽蔑し、魂の肉体との交わりを非難して、「魂は(肉体という) 鎖につながれている」とか「肉体(という墓)に埋葬されている」などと述べ、「魂は(この世では肉体という)牢獄につながれているのだ」と説く神秘宗教のことばを深い意味を持つものとして重視しているのである。

なお、プラトンの説く洞窟」は――――エンペドクレスの説く「岩屋」もそうなのであるが――――私にはこの感性界を意味しているように思われるのであって、
「そこにおいて鎖から解放され、洞窟を脱して上へと昇って行くことが、魂にとっての知性界への旅立ちである」と彼は述べているのである。

これに対して『パイドロス』では、魂の翼の喪失が魂の感性界への到達(と滞在)の原因であるとされている。そして彼によれば、上方の世界へ昇って行った魂を再びこの感性界へ降下せしめる周期があるのであり、更に裁き、くじ引き、運、必然なども、ほかの魂たちをこの感性界へ降下せしめるのである。』
(プロティノス全集第三巻P323−324から引用)

プロティノスの世界観はクンダリーニ・ヨーギのものであるから脱身(して窮極をめざす)が前提。この世は肉体オンリーの世界観で成っているから、死後の世界を認めない世界観は牢獄のようなものであって、こうした死後の世界たるエーテル体宇宙、アストラル体宇宙などを知らぬ、肉体のみの宇宙観のことを岩屋、あるいは洞窟と見る。

つまり肉体のみ世界観に覆われた洞窟(岩屋)人間を死の世界をも知る光ある世界に引き出すためには、岩戸を開けなければならない。

よって岩戸開きとは、クンダリーニ・ヨーガの世界でいうところの霊的時代のスタートを表象する言い方であるように思った。

【チャクラと七つの身体−231】
◎アストラル体−100
2.アストラル体の性質−81
8. 死を忌避する文明-4 新時代の開闢をなぜ岩戸開きとするか
(ザ・ジャンプ・アウト285)


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