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Channel: アヴァンギャルド精神世界
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終北国のこと-2

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◎桃源郷の暮らしぶり


列子湯問篇の終北国の続き。終北国とは中国の地上天国のことであり、桃源郷のことである。

『人々の性質が素直で外物に従い、競わず争わず心が柔軟で身体はしなやか、驕らず忌み嫌わず、老いも若きも一緒に同居して、君臣の別もなく、男女は雑居して遊び、結婚も媒酌もない。

水辺に住んで耕作したりしないが、風土気温が温和なので、布も織らず服を着ることもなく、病気もなく若死にもなく百歳で死ぬので、人口は増えていく。嬉しく楽しいことだけなので、病気や老化での耄碌、哀しみ苦しみはない。音楽を好むのがこの土地の風俗で、一緒に歌を歌い合い、一日中曲の止むことがない。

飢えたり倦きたりすれば、神フン(サンズイに糞)の水を飲む。すると体力も気力も回復するが飲み過ぎると酔って、10日過ぎないと醒めない。神フン(サンズイに糞)の水で沐浴もして、肌つやがあり、香気は10日も残っている。』

これは、中国の千年王国だが、その人々が裸体で暮らすことを面妖に思う人もいるだろう。ところが、出口王仁三郎の説くとおり、人は裸体で生れて裸体で天国に復活する。霊界物語でも第一天国に住む天人達は真裸体である。(上天国=第一天国、中間=第二天国、最下=第三天国)

なお、この地上天国では人間は老いるが、出口王仁三郎は、天人五衰を一部否定している。
『天国の団体にある天人は、何れも男子なれば現界人の三十才前後、女子なれば二十才前後の若い姿である。この故は現界人の肉体は物質界の法則に由つて、年々に老衰して頭に白雪を頂き、身体に皺の寄るものであるが、人間の霊魂や情動は不老不死であつて、どこまでも変らないものだから、精霊界の天人は年が寄つても、姿は変じない。

 故に、現界において八九十才にて死んだ人間も、精霊界の天国へ復活した後は、その強壮な霊魂のままで居るのだから、決して老衰するといふことは無い。天人にも五衰といふ説があるが、それは決して天人の事ではない、霊界の八衢に彷徨してゐる中有界の人間の事である。』
(霊界物語第20巻如意宝珠未 霊の礎(六)から引用)

終北国は、天国の天人の社会生活をモデルとしているが、微妙に人間らしいところを残している。この話をよしとする人も感心しない人もいるだろうが、列子では、この話に続いて、斉の名臣管仲が桓公に終北国に行くことを勧めたのだが、別の家老がこれを諫めるのに対し管仲は、家老に終北国の価値などわかるものではないとバッサリ切り捨てている。

無用の用がわかる人だけどうぞというオチである。

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