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Channel: アヴァンギャルド精神世界
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マルチン・ルターの結婚

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◎司祭こぞって結婚

カトリックの神父は結婚しないが、プロテスタントの牧師は結婚する。マルチン・ルターの結婚は牧師の結婚の走りである。

親鸞の結婚は観音様の化身を娶ったという象徴性を帯びていたり、理論的裏付けを必要としていたりしたのと比べれば、マルチン・ルターの結婚は、よほど周辺の集団的な結婚への流れがあった。

ルターは教会改革についての提案をいくつかしていたが、その中には司祭の生活、礼拝などの改革も含まれていた。改革運動については、カールシュタットやツヴィリンクなどの聖職者の同士がいた。

ルターは既に、結婚は神が制定した者であり、司祭が結婚することは神の意にかなうことだと主張していた。そうした中で、司祭たちが結婚を始め、同士で司祭兼修道士カールシュタットが結婚をしたことは、ルターを驚かせた。ルター自身も「誰も私には妻をくれないだろう」などと冗談を言っていた。

こうした中で、1525年6月ルターもカタリナ・フォン・ボラと結婚した。ルターはこの頃修道女の脱走を手伝っては彼女たちに良人か職業を探してやっていたのだが、カタリナ・フォン・ボラもそうした脱走修道女の一人であった。

この結婚に対して、ルターの友人が、「全世界と悪魔はあざわらうだろう。またルターがなしてきた仕事は崩壊するだろう」と予言するほどに、周辺から非難と嘲笑が浴びせられた。

しかしこの結婚は、農民戦争で農民側に立ち一敗地にまみれて意気阻喪しているルターにやる気と活力を与えることになった。ルターは結局6人もの子だくさんになった。

修行者の結婚は、純粋に修行の進展という側面から考えれば問題があるところであるが、キリスト教は、聖職者の覚醒のためのキリスト教から一般市民の覚醒のためのキリスト教に変質していくためにこういうことも必要だったのだろうと思う。






悟りとは何か

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