◎伊勢神宮の公開
明治天皇は、生涯に4度伊勢神宮参拝などと言われているが、昭和天皇も節目節目に伊勢神宮を参拝されている。
昭和十五年(一九四〇年)六月、昭和天皇は伊勢神宮を参拝、この年は「紀元二千六百年」。
昭和十七年十二月、昭和天皇は戦勝祈願のため伊勢神宮を参拝。随行した総理大臣東条英機は、この天皇の姿を目にし感涙にむせんだという。
昭和二十年(一九四五)十一月、昭和天皇は、実質的な「終戦奉告」のために伊勢神宮参拝。
昭和天皇の昭和20年までの参拝は。国家神道と不可分なところがあり、一方戦後の参拝は、数年に一度程度行われている感じ。
ただ天皇家の菩提寺泉涌寺への参詣は私的なものとされほとんど報道されないことから、伊勢神宮への参拝も私的なものがないとも限らないので、参拝回数を数えるのもどうかというところはある。
伊勢神宮は長いこと私幣禁断とされ、サンクチュアリとして保護してきたが、大衆が信仰の主人公となる近代になって、伊勢神宮が大衆にも開かれたのは、国家神道のシンボルであった暗い時代もあったのは皮肉だが、国魂がその性格を変えたと見ることができると思う。
古神道でも一人一人が覚醒する時代になったのだ。
明治天皇は、生涯に4度伊勢神宮参拝などと言われているが、昭和天皇も節目節目に伊勢神宮を参拝されている。
昭和十五年(一九四〇年)六月、昭和天皇は伊勢神宮を参拝、この年は「紀元二千六百年」。
昭和十七年十二月、昭和天皇は戦勝祈願のため伊勢神宮を参拝。随行した総理大臣東条英機は、この天皇の姿を目にし感涙にむせんだという。
昭和二十年(一九四五)十一月、昭和天皇は、実質的な「終戦奉告」のために伊勢神宮参拝。
昭和天皇の昭和20年までの参拝は。国家神道と不可分なところがあり、一方戦後の参拝は、数年に一度程度行われている感じ。
ただ天皇家の菩提寺泉涌寺への参詣は私的なものとされほとんど報道されないことから、伊勢神宮への参拝も私的なものがないとも限らないので、参拝回数を数えるのもどうかというところはある。
伊勢神宮は長いこと私幣禁断とされ、サンクチュアリとして保護してきたが、大衆が信仰の主人公となる近代になって、伊勢神宮が大衆にも開かれたのは、国家神道のシンボルであった暗い時代もあったのは皮肉だが、国魂がその性格を変えたと見ることができると思う。
古神道でも一人一人が覚醒する時代になったのだ。