◎天童山の道如上座
電車に乗ると膝や太腿に穴のあいたジーンズを着ている人もいる。これは故意にそうしているのであって、人に見せる目的のものである。
正法眼蔵随聞記で、天童山の書記(修行者中の第二位)で道如上座という人がいた。この人は政府高官の子弟であったが、親族とも交際せず、世俗の利益も貪らなかったので、衣服のやつれや、破れは目も当てられなかった。
あまりにも率直で遠慮のない道元が彼に質問するに、「貴殿は貴顕の生まれながら、その衣服はどうしてそこまでぼろぼろなのですか」。
道如答えて曰く、「僧だから」と。
清貧を通すには、世間からバカにされることを恐れないという一種の決心が必要である。専門道場での修行はある意味で社会性の放棄だが、天童山においても棄てきれぬ僧は珍しくなかったのだろう。
電車に乗ると膝や太腿に穴のあいたジーンズを着ている人もいる。これは故意にそうしているのであって、人に見せる目的のものである。
正法眼蔵随聞記で、天童山の書記(修行者中の第二位)で道如上座という人がいた。この人は政府高官の子弟であったが、親族とも交際せず、世俗の利益も貪らなかったので、衣服のやつれや、破れは目も当てられなかった。
あまりにも率直で遠慮のない道元が彼に質問するに、「貴殿は貴顕の生まれながら、その衣服はどうしてそこまでぼろぼろなのですか」。
道如答えて曰く、「僧だから」と。
清貧を通すには、世間からバカにされることを恐れないという一種の決心が必要である。専門道場での修行はある意味で社会性の放棄だが、天童山においても棄てきれぬ僧は珍しくなかったのだろう。