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Channel: アヴァンギャルド精神世界
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美術館巡り、博物館巡り、寺社巡り

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◎代替品を捨てる

真善美を見るため、宗教画、仏像、イコン、曼荼羅、伽藍を見に美術館や博物館や寺社巡りをする人はいる。

だが、そこに神仏の属性である真善美はない。それは、本来何か神聖なものであって、触れたり、見たり、描いたりできないものなのではないか。

冥想修業の窮極に身心脱落、神人合一、即身成仏などと称する状態が存在する。それは、第七身体ニルヴァーナに到達した状態で、そこに居ることをニルビカルパ・サマディーなどと呼び、坐っている個が存在しないような姿である。 

これぞ神聖な状態であるが、これを長く続けるのは、なかなか大変な技である。ラーマクリシュナは、しばしば太母カーリー女神と合体したが、トランス状態、三昧にあって、その間何もできない状態が続き、醒めては、虚弱体質で、日常家事などもなかなかできないほどであったらしい。

ニルビカルパ・サマディーは神聖な状態の現出だが、他人がラーマクリシュナを見るというのは、その神聖な状態を見るというよりも、恍惚にあって坐っている人を見ているだけということになろう。

ほとんどの人は自分の願いを叶えてくれる神仏を求めているが、神聖さそのものの実現を求めている人はそう多くないものだ。他人との会話の中で、「神人合一を目めざして修行しています」などと言えば引かれるのがオチだ。

本当の神聖さは、見物できたり、触れたり、願望を実現したいという功利性にはない。自分の内側に、本当の神聖さを発現させるしかないものだ。

その神仏は願いを叶えないと言った瞬間に大衆は集まって来なくなる。釈迦の開いた仏教は、日本に残っているが、インド、中国では滅亡済みとなり、イエスは、あまりにも本当のことを言い続けたために在世中に刑死するようなことになった。

いまや人類はその知性の発達により、エゴ・トリップの限界を見切り、自分の内側を覗き込む時節が到来した。いつまでも本物の代わりのおもちゃで遊んでいる場合ではない。

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