◎厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形
両性具有とは、一般人は即おかま・ニューハーフを連想し、高尚なビジョンのこととは思わないのが昨今の風潮である。泰西の錬金術文書などで、肉体の半分が男性で残り半分が女性の妙チクリンな挿絵を見ることもあるが、宇宙意識の一歩手前の人間の完成形の姿として、こうしたイラストが登場してくることに当惑する人も多いかと思う。
西洋にこそそういう変態じみた女男を崇める習俗はあっても、神国日本にはそのようなものはないと思う人もいるかもしれない。ところが日本にもきちんと存在している。
さて伊都能売(いずのめ)神とは、古神道家出口王仁三郎の唱える重要な高級神霊である。伊都能売神こそは、男女両性具有であって、出口王仁三郎の云うところの厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形なのである。
こうした伊都能売神を出口王仁三郎は、慈悲の本源であり、愛の神であるとする。更に伊都能売神こそが、またの名を観世音・観音といい、木花咲耶姫命ともいう。
伊都能売神には既に男女の区別なく、善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神である。大善大慈悲と言えば、天国のイメージだが、審判思想を超えているとは、天国も地獄も越えたところにあるということ。
男女の別を超えるのは、人間としての完成形。
ごくまれに男だか女だかわからないような人の中に、悟った人がいるかもしれないということでもある。
出口王仁三郎の「神の国」から
『伊都能売神は慈愛の本源であつて、如何なる罪悪者をも救済して、一人も漏さない絶対無限の慈悲の神である。精神界は勿論、現界に於ける人間一切の苦悩を払ひ清めて、天国に導き玉ふ愛善神であつて、その愛善たるや絶対無限である。故に既成宗教の唱ふる如き、審判的思想は全然無いのである。善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神であつて、一人と雖も蒼生の滅亡するのを忍ぶことの出来ぬ愛の生神である。而して霊肉の調和に就ても、難行苦行の修行を経過せず、信仰と歓喜との内に実現せしめんとする、真の絶対愛に住する神である。
悪人を悪人として罰し、善人を善人として賞するは、是現実界即ち自然界の人為的法則であつて、愛善そのものとは非常に遠いものである。罪悪に苦しみ、痛み、憂苦に沈んでゐる蒼生は、宜しく大本大神即伊都能売の神を信仰すれば、優窕しき慈顔を向け、温かき御手に、罪を負つて救つて呉れる神である、
(中略)
厳の御魂五柱、瑞の御魂三柱(又は五柱)活動力を総称して、伊都能売の御魂と奉称するのである。而して伊都能売は即ち、観音にして木の花姫の顕現である。天地宇宙の間に、斯の神より外に何ものも無いと云つても良い位である。或る時は天神となり、地神と現じ、八百萬の天使と変じ、千変萬化五六七の活動を為し玉ひ、宇内を光被し、開発し、整理し、天国霊国に日月神と化現し玉ふは、皆伊都能売神の大神格の活動である。』
(大正15年9号 神の国より引用)
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両性具有とは、一般人は即おかま・ニューハーフを連想し、高尚なビジョンのこととは思わないのが昨今の風潮である。泰西の錬金術文書などで、肉体の半分が男性で残り半分が女性の妙チクリンな挿絵を見ることもあるが、宇宙意識の一歩手前の人間の完成形の姿として、こうしたイラストが登場してくることに当惑する人も多いかと思う。
西洋にこそそういう変態じみた女男を崇める習俗はあっても、神国日本にはそのようなものはないと思う人もいるかもしれない。ところが日本にもきちんと存在している。
さて伊都能売(いずのめ)神とは、古神道家出口王仁三郎の唱える重要な高級神霊である。伊都能売神こそは、男女両性具有であって、出口王仁三郎の云うところの厳(いづ)と瑞(みづ)の合体形なのである。
こうした伊都能売神を出口王仁三郎は、慈悲の本源であり、愛の神であるとする。更に伊都能売神こそが、またの名を観世音・観音といい、木花咲耶姫命ともいう。
伊都能売神には既に男女の区別なく、善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神である。大善大慈悲と言えば、天国のイメージだが、審判思想を超えているとは、天国も地獄も越えたところにあるということ。
男女の別を超えるのは、人間としての完成形。
ごくまれに男だか女だかわからないような人の中に、悟った人がいるかもしれないということでもある。
出口王仁三郎の「神の国」から
『伊都能売神は慈愛の本源であつて、如何なる罪悪者をも救済して、一人も漏さない絶対無限の慈悲の神である。精神界は勿論、現界に於ける人間一切の苦悩を払ひ清めて、天国に導き玉ふ愛善神であつて、その愛善たるや絶対無限である。故に既成宗教の唱ふる如き、審判的思想は全然無いのである。善悪を超越し且つ審判思想を打破する、大愛大善大慈悲神であつて、一人と雖も蒼生の滅亡するのを忍ぶことの出来ぬ愛の生神である。而して霊肉の調和に就ても、難行苦行の修行を経過せず、信仰と歓喜との内に実現せしめんとする、真の絶対愛に住する神である。
悪人を悪人として罰し、善人を善人として賞するは、是現実界即ち自然界の人為的法則であつて、愛善そのものとは非常に遠いものである。罪悪に苦しみ、痛み、憂苦に沈んでゐる蒼生は、宜しく大本大神即伊都能売の神を信仰すれば、優窕しき慈顔を向け、温かき御手に、罪を負つて救つて呉れる神である、
(中略)
厳の御魂五柱、瑞の御魂三柱(又は五柱)活動力を総称して、伊都能売の御魂と奉称するのである。而して伊都能売は即ち、観音にして木の花姫の顕現である。天地宇宙の間に、斯の神より外に何ものも無いと云つても良い位である。或る時は天神となり、地神と現じ、八百萬の天使と変じ、千変萬化五六七の活動を為し玉ひ、宇内を光被し、開発し、整理し、天国霊国に日月神と化現し玉ふは、皆伊都能売神の大神格の活動である。』
(大正15年9号 神の国より引用)

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