◎他人のために命を差し出すことに躊躇なし
呂洞賓の10のテストの続き。
テスト6
呂洞賓が外出して家に帰った時、家の財産はすべて盗賊に盗まれ、食糧さえも無くなっていた。だが、呂洞賓は怒りの色も見せず、いつものように耕作をはじめた。ある日、畑を耕していると、鍬の下から数十枚の金塊を掘り出した。しかし、呂洞賓は一枚も取らずに、そのまま金塊を埋めた。
テスト7
呂洞賓が街で銅器を買って帰ると、その銅は全部黄金だと分かった。呂洞賓はすぐに銅器を売っていた人を見つけて、それを返した。
テスト8
あるヒッピーのような道士が、市場で薬を売っており、「この薬を飲んだらたちどころに死亡し、転生した後、得道できる」と話していた。10数日を経ても、その薬を買う客はいなかった。さて呂洞賓がこの道士の薬を買うと、道士は「速やかに死の支度をするが良い」と告げた。呂洞賓はこの薬を飲んだが、結局何も起こらなかった。
テスト9
呂洞賓が客船に乗って河を渡っていると、河の中ほどに至ると、河の水が急に氾濫し、風も波もにわかに猛り狂った。乗客はみな恐れおののき泣き叫んだが、呂洞賓は端座し、動かなかった。
テスト10
呂洞賓が一室で一人で修行していたところ、突然、目の前に無数の魑魅魍魎が現れ、撃たんとするもの、殺そうとするものが無数に現れた。しかし呂洞賓は毫も恐れることはなかった。
血だらけの一人の鬼みたいなものが、「あなたは前世で私を殺した。今日その借りを返してくれ」と泣きながら、呂洞賓を責めた。呂洞賓は「人を殺したならば、命で償わなければならない」と語り、刀を探しに行って自殺してその命で返そうとした。すると急に、空中に大音声が響き渡り、魑魅魍魎たちは一瞬のうちにすべて消え去った。
その後、呂洞賓のマスターの鍾離権が現れて、「私はあなたを10回試したが、あなたはすべて心を動じさせることなく乗り越える事が出来た。必ずや仙人に成ることができるだろう」と話した。その後400年間、呂洞賓は世の中に現れたり消えたりした。宋徽宗は政和年間に、呂洞賓を「好道真人」と封じた。
テスト6とテスト7は不意の不運と幸運に対処する姿勢を問われている。人間の財産はその積徳の多寡に応じて定まっていると見れば、不意の不運の後には幸運がめぐり、不意の幸運の後には不運が巡ると予想する。しかしこれは、功利性、自分のメリットの視点でしかない。
ここは、求道者としてすべてを捨てられるかどうかが問われているのだから、自分の生命維持に必要な分以上のものは天に返すという『天意』優先の行動規範を持っていると見るべきだろう。
テスト8は、呂洞賓は、薬を服用して自分の生命を捨てて道を成就(成仙)したいということに迷いもケレン味もない。果たして彼は、躊躇なく死の毒薬を飲んだがその結果は別のことである。
テスト9は、人間は髪の毛一本自分の思い通りに白くも黒くもできないからには、自分の船上の生命を自分でなんとかできるわけではない。
テスト10は、天国的なものを求めていく修行の途中の最終段階で、こうした魔が出現するもので、釈迦、イエスなどでもこういうのが出て来る。
また「他人のために自殺してあげる」のを厭わないのは、西郷隆盛の僧月照との入水や、ダンテス・ダイジの竹富島の幽霊に乞われて自殺した話と同じで、覚者なればこそできる業である。
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呂洞賓が外出して家に帰った時、家の財産はすべて盗賊に盗まれ、食糧さえも無くなっていた。だが、呂洞賓は怒りの色も見せず、いつものように耕作をはじめた。ある日、畑を耕していると、鍬の下から数十枚の金塊を掘り出した。しかし、呂洞賓は一枚も取らずに、そのまま金塊を埋めた。
テスト7
呂洞賓が街で銅器を買って帰ると、その銅は全部黄金だと分かった。呂洞賓はすぐに銅器を売っていた人を見つけて、それを返した。
テスト8
あるヒッピーのような道士が、市場で薬を売っており、「この薬を飲んだらたちどころに死亡し、転生した後、得道できる」と話していた。10数日を経ても、その薬を買う客はいなかった。さて呂洞賓がこの道士の薬を買うと、道士は「速やかに死の支度をするが良い」と告げた。呂洞賓はこの薬を飲んだが、結局何も起こらなかった。
テスト9
呂洞賓が客船に乗って河を渡っていると、河の中ほどに至ると、河の水が急に氾濫し、風も波もにわかに猛り狂った。乗客はみな恐れおののき泣き叫んだが、呂洞賓は端座し、動かなかった。
テスト10
呂洞賓が一室で一人で修行していたところ、突然、目の前に無数の魑魅魍魎が現れ、撃たんとするもの、殺そうとするものが無数に現れた。しかし呂洞賓は毫も恐れることはなかった。
血だらけの一人の鬼みたいなものが、「あなたは前世で私を殺した。今日その借りを返してくれ」と泣きながら、呂洞賓を責めた。呂洞賓は「人を殺したならば、命で償わなければならない」と語り、刀を探しに行って自殺してその命で返そうとした。すると急に、空中に大音声が響き渡り、魑魅魍魎たちは一瞬のうちにすべて消え去った。
その後、呂洞賓のマスターの鍾離権が現れて、「私はあなたを10回試したが、あなたはすべて心を動じさせることなく乗り越える事が出来た。必ずや仙人に成ることができるだろう」と話した。その後400年間、呂洞賓は世の中に現れたり消えたりした。宋徽宗は政和年間に、呂洞賓を「好道真人」と封じた。
テスト6とテスト7は不意の不運と幸運に対処する姿勢を問われている。人間の財産はその積徳の多寡に応じて定まっていると見れば、不意の不運の後には幸運がめぐり、不意の幸運の後には不運が巡ると予想する。しかしこれは、功利性、自分のメリットの視点でしかない。
ここは、求道者としてすべてを捨てられるかどうかが問われているのだから、自分の生命維持に必要な分以上のものは天に返すという『天意』優先の行動規範を持っていると見るべきだろう。
テスト8は、呂洞賓は、薬を服用して自分の生命を捨てて道を成就(成仙)したいということに迷いもケレン味もない。果たして彼は、躊躇なく死の毒薬を飲んだがその結果は別のことである。
テスト9は、人間は髪の毛一本自分の思い通りに白くも黒くもできないからには、自分の船上の生命を自分でなんとかできるわけではない。
テスト10は、天国的なものを求めていく修行の途中の最終段階で、こうした魔が出現するもので、釈迦、イエスなどでもこういうのが出て来る。
また「他人のために自殺してあげる」のを厭わないのは、西郷隆盛の僧月照との入水や、ダンテス・ダイジの竹富島の幽霊に乞われて自殺した話と同じで、覚者なればこそできる業である。

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