◎松尾芭蕉
松尾芭蕉の奥の細道の最初の句、
「行く春や鳥啼き魚の目は泪」
魚は泣かないが、魚屋である松尾芭蕉の支援者である鯉専門の魚屋の杉山杉風が、長旅に出る芭蕉との別れを惜しんで泣いてくれた晩春であるという句。
江戸で武家に出入りする魚屋は、勝手に裏木戸から入り、台所で勝手に調理して、勝手に値段を決めて帰って行くので、諸藩や旗本の内情に触れることが多かった。杉山杉風は、難聴だったから本来知り得た武家の内情を知ることはなかったとされる。ところが、杉風の句に
時鳥(ほととぎす)一声まじる鶴の声
鳴く千鳥富士を見返へれ塩見坂
などがあり、耳はよく聞こえていた。
おまけに世話になった杉山杉風は聾者だったから、松尾芭蕉は、生涯「聾」の句は詠まなかったなどという尾ひれまでついている。(参照:影の日本史に迫る/磯田道史/平凡社P150-151)
魚屋の一心太助は架空だが、魚屋も大尽に直接接近できる知られざる身分だったのだろう。
有力者に直接コンタクトできる身分としては、連歌師、俳諧師、役者、衆道などが有名だが、魚屋とは意外である。
芭蕉は、小石川水道工事を4年やって突然やめて深川に隠棲したが、それは、将軍が綱吉に交代した影響のようで、深川の鯉の池の番屋での俳諧の点者暮らしはいかにもつまらなかったのであろう、荒涼感。
芭蕉をこのような暮らしぶりから見ると如何にもそれなりにわかったような気がするが、それはOSHOバグワンを「アメリカへの道」(OSHOアメリカへの道/マックス・ブレッカー/メルクマール)を読んでわかったような気になるのと同じである。
芭蕉の古池句に感じて与謝蕪村が吟ず。
「祖翁の句を襲いて
古池の蛙老いゆく落ち葉かな
蕪村」
松尾芭蕉の奥の細道の最初の句、
「行く春や鳥啼き魚の目は泪」
魚は泣かないが、魚屋である松尾芭蕉の支援者である鯉専門の魚屋の杉山杉風が、長旅に出る芭蕉との別れを惜しんで泣いてくれた晩春であるという句。
江戸で武家に出入りする魚屋は、勝手に裏木戸から入り、台所で勝手に調理して、勝手に値段を決めて帰って行くので、諸藩や旗本の内情に触れることが多かった。杉山杉風は、難聴だったから本来知り得た武家の内情を知ることはなかったとされる。ところが、杉風の句に
時鳥(ほととぎす)一声まじる鶴の声
鳴く千鳥富士を見返へれ塩見坂
などがあり、耳はよく聞こえていた。
おまけに世話になった杉山杉風は聾者だったから、松尾芭蕉は、生涯「聾」の句は詠まなかったなどという尾ひれまでついている。(参照:影の日本史に迫る/磯田道史/平凡社P150-151)
魚屋の一心太助は架空だが、魚屋も大尽に直接接近できる知られざる身分だったのだろう。
有力者に直接コンタクトできる身分としては、連歌師、俳諧師、役者、衆道などが有名だが、魚屋とは意外である。
芭蕉は、小石川水道工事を4年やって突然やめて深川に隠棲したが、それは、将軍が綱吉に交代した影響のようで、深川の鯉の池の番屋での俳諧の点者暮らしはいかにもつまらなかったのであろう、荒涼感。
芭蕉をこのような暮らしぶりから見ると如何にもそれなりにわかったような気がするが、それはOSHOバグワンを「アメリカへの道」(OSHOアメリカへの道/マックス・ブレッカー/メルクマール)を読んでわかったような気になるのと同じである。
芭蕉の古池句に感じて与謝蕪村が吟ず。
「祖翁の句を襲いて
古池の蛙老いゆく落ち葉かな
蕪村」