Quantcast
Channel: アヴァンギャルド精神世界
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3535

至道無難のアートマン

$
0
0
◎十牛図第四図から第七図まで

江戸時代の禅僧至道無難が、第四図得牛から第七図忘牛存人までのポジショニングを説明してくれている。(龍沢寺所蔵法語による)

1.ある頭の良い子供が仏のことを問うたので、そこで坐禅をさせたら、何の心もなくなった。それを常に守れば良しと教えて、しばらくたってから、いろいろになった心を訊ねたら納得して去った。

2.男女に限らず、まず見性させて、それから坐禅させると良い。見性(本来の自己・アートマンを見る)が十分にできた時に、万事に対応するやり方を教えなさい。

3.悟ったと同時にそれを守らせなさい。悪念が生まれることがない。長い年月この心を養えば道人となるのである。

4.悟ったと同時に万事はこれであると教えれば、大体は悪人になるものだ。悟りばかりを守る人は大概は坐禅にとりついて律宗(戒律の実践を主とする)になるものだ。
大道を早く教えて良いのと早く教えて悪いのとは、その人による。よくよく心得て教えなさい。誤ってはならない。

見性が十分にできた時とは、この第七図のあたりだろうか。道人になるとは、この第七図のあたりをイメージしているのだろうか。至道無難も見性したばかりの人間の危なっかしさを厳しく突いている。

至道無難は、悪念が生まれなくなるのは見性した時点ではない、それを長年守り習熟しないとそうはならないと徹見しているが、第三図の見性もなかなか大変なことなのに、このイカレタ時代をまともに生き抜くには第七図くらいが必要であるということで、厳しい要求水準ではある。

【チャクラと七つの身体-343】
◎アートマン-47
6.禅 ◎至道無難のアートマン
(ザ・ジャンプ・アウト397)

人気ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3535

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>