◎自ら飛び込む
俳人の雪中庵蓼太が、白隠を沼津市の原の松蔭寺に訪ねたところ、
古池や蛙とびこむ水の音
の句の水の音をどう聞くと迫られた。
雪中庵蓼太は、坐禅冥想を何年も誠心誠意続けたが、ついに白隠は遷化してしまった。
彼はやむなく白隠の後継者である東嶺和尚を龍澤寺に訪問し、教えを乞うた。
東嶺和尚は、彼があと一歩まで近づいているのを看取して、一句を与えた。
飛び込んだ 力で浮かぶ 蛙かな
雪中庵蓼太は、これを見て、忽然と悟るところがあった。
例によってどうやって悟ったのか、何を悟ったのかは詳述されていない。だが、その真贋を見抜く師家がいる。悟りの何たるかが判らない弟子にそれを説示して理屈でわかるものではない。悟りマニュアルなどあったらそれは嘘っぱちである。だからといって冥想指導なき「今ここ」は、クリシュナムルティが一生をかけてチャレンジしたが、成功したとは言えない。「今ここ」は最後は飛び込むのだが、それには機が熟している人を飛び込ませて初めて成功するのであって、誰でもむやみに飛び込ませることはできない。
俳人の雪中庵蓼太が、白隠を沼津市の原の松蔭寺に訪ねたところ、
古池や蛙とびこむ水の音
の句の水の音をどう聞くと迫られた。
雪中庵蓼太は、坐禅冥想を何年も誠心誠意続けたが、ついに白隠は遷化してしまった。
彼はやむなく白隠の後継者である東嶺和尚を龍澤寺に訪問し、教えを乞うた。
東嶺和尚は、彼があと一歩まで近づいているのを看取して、一句を与えた。
飛び込んだ 力で浮かぶ 蛙かな
雪中庵蓼太は、これを見て、忽然と悟るところがあった。
例によってどうやって悟ったのか、何を悟ったのかは詳述されていない。だが、その真贋を見抜く師家がいる。悟りの何たるかが判らない弟子にそれを説示して理屈でわかるものではない。悟りマニュアルなどあったらそれは嘘っぱちである。だからといって冥想指導なき「今ここ」は、クリシュナムルティが一生をかけてチャレンジしたが、成功したとは言えない。「今ここ」は最後は飛び込むのだが、それには機が熟している人を飛び込ませて初めて成功するのであって、誰でもむやみに飛び込ませることはできない。