◎杜鵑 月に叫んで夜三更
巌頭和尚は、徳山の嗣法。845年会昌の破仏に遭遇し、寺を焼かれた上、追放されたため、還俗して船頭をやりながら修行。最後は賊に襲われて首を斬られて死ぬがその「 吽 ( うん ) 」と叫ぶ声が数里の外まで響いたという。
一休が、巌頭和尚を歌った詩がある。
会昌以後 僧形を破る
一段の風流 何似生
トウ(木へんに早)を舞わして未だ為人の手を懐にせず
杜鵑 月に叫んで夜三更
巌頭は杜鵑が月に叫ぶような自然法爾に生きたと歌っている
白隠は、この巌頭の無残な最期を知って、修行を積んだ高僧でも賊に首を斬られて死んでしまうのなら、禅も大したことはないなどと高をくくっていたが、後に、「巌頭はまめ息災でであった」と悟る。
今は国家による信仰弾圧こそないが、風俗紊乱で冥想修行が難しい時代、社会であることには変わりはない。まず自分から。
巌頭和尚は、徳山の嗣法。845年会昌の破仏に遭遇し、寺を焼かれた上、追放されたため、還俗して船頭をやりながら修行。最後は賊に襲われて首を斬られて死ぬがその「 吽 ( うん ) 」と叫ぶ声が数里の外まで響いたという。
一休が、巌頭和尚を歌った詩がある。
会昌以後 僧形を破る
一段の風流 何似生
トウ(木へんに早)を舞わして未だ為人の手を懐にせず
杜鵑 月に叫んで夜三更
巌頭は杜鵑が月に叫ぶような自然法爾に生きたと歌っている
白隠は、この巌頭の無残な最期を知って、修行を積んだ高僧でも賊に首を斬られて死んでしまうのなら、禅も大したことはないなどと高をくくっていたが、後に、「巌頭はまめ息災でであった」と悟る。
今は国家による信仰弾圧こそないが、風俗紊乱で冥想修行が難しい時代、社会であることには変わりはない。まず自分から。