◎誠の力は世を救う
出口王仁三郎が、「誠の力は世を救ふ」の意味をわかっている者がいるのかと疑っている。
『誠の力は世を救う
宣伝歌を発表してから、「誠の力は世を救う」の意味を聞きに来る者は一人もないが判ってるのか。
誠とはマツタキコト、マツタキコトバで真の神と聖言のことである。
人間の誠で世の中が救われるはずがない。』
(新月の光(上)/木庭次守編/八幡書店p186-187から引用)
真の神と聖言には、もはや人間はなく、霊もない。
『世を救ふ誠の力は言霊の
貴の功に如くものはなし。』
(霊界物語第80巻三章)
ここでは、誠の力が言霊(聖言)と連動すると述べる。
さらに
『神鉾の神は御歌詠ませ給ふ。
『ゐやなきは汝が言葉よ魂の
鬼は自らつくりしものを
肝向ふ心の鬼を退ふべき
誠の力は真言なるぞや』』
(霊界物語第81巻一章)
ここでは、誠の力は真言であるとする。
身口意と人間の作用を分類することもあるが、大神の内流を受けたまま生きるところで出てくる精妙なる真言、それを真言(まこと)の力と呼ぶもので、それは人間から出てくるように見えるかもしれないが、その実は、大神から来るものである。
改めて霊界物語の基本宣伝歌を見てみる。
『基本宣伝歌
朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも
たとへ大地は沈むとも 曲津の神は荒ぶとも
誠の力は世を救ふ
三千世界の梅の花 一度に開く神の教
開いて散りて実を結ぶ 月日と地の恩を知れ
この世を救ふ生神は 高天原に神集ふ
神が表に現はれて 善と悪とを立別ける
この世を造りし神直日 心も広き大直日
ただ何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ
身の過は宣り直せ。』
(霊界物語第一巻 冒頭)
神直日とは、神様の直霊、大直日とは、人間の直霊(新月の光(上)/木庭次守編/八幡書店p313)。神様の直霊とは、アートマンであり、人間の直霊とはコーザル体に該当するのだろうと思われる。
霊界物語にはこの根拠となる直日の説明がある。
『神直日神は宇宙主宰の神の直霊魂にして、大直日神は天帝の霊魂の分賦たる吾人の霊魂をして完全無疵たらしめむとする直霊である。
所謂罪科を未萠に防ぐ至霊にして、大祓の祝詞に、之を気吹戸主神と謂すのである。
又八十曲津日神、大曲津日神は、大祓祝詞に、之を瀬織津姫神と謂ひ、伊都能売神を速秋津彦神、速秋津姫神と謂ひ、神素盞嗚神を速佐須良姫神と謂すのである。
以上の四柱の神様を総称して祓戸の大神と謂ふのであります』
(霊界物語 第二九章 言霊解三)
日々の禊と祓とは、大神に立ち返ろうとするモーメンタムの回復作業であった。
人間の誠で世の中が救われるはずがないとすれば、人は冥想するしかない。
出口王仁三郎が、「誠の力は世を救ふ」の意味をわかっている者がいるのかと疑っている。
『誠の力は世を救う
宣伝歌を発表してから、「誠の力は世を救う」の意味を聞きに来る者は一人もないが判ってるのか。
誠とはマツタキコト、マツタキコトバで真の神と聖言のことである。
人間の誠で世の中が救われるはずがない。』
(新月の光(上)/木庭次守編/八幡書店p186-187から引用)
真の神と聖言には、もはや人間はなく、霊もない。
『世を救ふ誠の力は言霊の
貴の功に如くものはなし。』
(霊界物語第80巻三章)
ここでは、誠の力が言霊(聖言)と連動すると述べる。
さらに
『神鉾の神は御歌詠ませ給ふ。
『ゐやなきは汝が言葉よ魂の
鬼は自らつくりしものを
肝向ふ心の鬼を退ふべき
誠の力は真言なるぞや』』
(霊界物語第81巻一章)
ここでは、誠の力は真言であるとする。
身口意と人間の作用を分類することもあるが、大神の内流を受けたまま生きるところで出てくる精妙なる真言、それを真言(まこと)の力と呼ぶもので、それは人間から出てくるように見えるかもしれないが、その実は、大神から来るものである。
改めて霊界物語の基本宣伝歌を見てみる。
『基本宣伝歌
朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも
たとへ大地は沈むとも 曲津の神は荒ぶとも
誠の力は世を救ふ
三千世界の梅の花 一度に開く神の教
開いて散りて実を結ぶ 月日と地の恩を知れ
この世を救ふ生神は 高天原に神集ふ
神が表に現はれて 善と悪とを立別ける
この世を造りし神直日 心も広き大直日
ただ何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ
身の過は宣り直せ。』
(霊界物語第一巻 冒頭)
神直日とは、神様の直霊、大直日とは、人間の直霊(新月の光(上)/木庭次守編/八幡書店p313)。神様の直霊とは、アートマンであり、人間の直霊とはコーザル体に該当するのだろうと思われる。
霊界物語にはこの根拠となる直日の説明がある。
『神直日神は宇宙主宰の神の直霊魂にして、大直日神は天帝の霊魂の分賦たる吾人の霊魂をして完全無疵たらしめむとする直霊である。
所謂罪科を未萠に防ぐ至霊にして、大祓の祝詞に、之を気吹戸主神と謂すのである。
又八十曲津日神、大曲津日神は、大祓祝詞に、之を瀬織津姫神と謂ひ、伊都能売神を速秋津彦神、速秋津姫神と謂ひ、神素盞嗚神を速佐須良姫神と謂すのである。
以上の四柱の神様を総称して祓戸の大神と謂ふのであります』
(霊界物語 第二九章 言霊解三)
日々の禊と祓とは、大神に立ち返ろうとするモーメンタムの回復作業であった。
人間の誠で世の中が救われるはずがないとすれば、人は冥想するしかない。