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フランシスコ教皇の来日

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◎延び延びになっている時代の終わり

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が、2019年11月23日、38年ぶりに来日。これは、微妙な時期であって、10月は日本全国で水害が荒れ狂い、昨夜、韓国がGSOMIA(日韓の軍事情報包括保護協定)を急転直下継続することが決まったばかりのタイミング。東アジア大乱の前にやって来た。

天皇は、古神道のトップであり、「神事がまず先」とされ、立場的には、ローマ教皇と似ている。
カトリックも中世にはボルジア家など涜神の教皇もいたのかもしれないが、原則として見神(禅でいえば十牛図第三図)を体験した人物が教皇だったのだろうと思う。そうでなければ教皇となって大勢の聖職者、信者のトップにはなれないだろう。そして、天皇陛下ですら防弾装甲の特殊リムジンで移動されるのに対し、教皇は、防弾ガラスもない祭りの山車みたいな車で皆が見れるよう移動するのは、自爆テロも狙撃も恐れないという姿勢の表れ。

自らを守らないというのは、覚者の証明である。この個人の私権保護が強烈でプライバシー不可侵のうるさい時代に、「自分を守らない」宗教組織トップはそれだけで一つの驚異である。

さて全ローマ教皇を網羅し予言したという聖マラキー予言は、最後の「オリーブの栄光」が先代のベネディクト16世 (2005–2013)に照応し、今のフランシスコ教皇は、預言が尽きる最後の教皇である。ダライ・ラマも最後のダライ・ラマと宣言。

時代の終わりは、20世紀の覚者たちが見るところ1999年頃だったのが、もう20年近く繰り延べられている。

そうした延び延びな状況の産物がマラキー預言の終わりの教皇となったみたいなところはあるのであって、彼だけが特別ということではない。相変わらず私たちは、神知らぬ人間が大多数であるといういわば罰当たりな社会と人生を生きているのだから。

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