Quantcast
Channel: アヴァンギャルド精神世界
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3535

われわれは抜け殻にすぎないけれど

$
0
0
◎七つの存在レベルの最高位での般若心経

ものの見方には、7種あって、最初の5種は自分がある見方。最後の二種は、一つはすべてが自分である見方、一つは言葉では表現できない見方。このような七つのレベルがあることを知るのは、第七のレベルに立って後のこと。

最近はIT的発想が隆盛だから、どうしても下位互換で、第五レベル(コーザル体)までいけば、第一レベル(肉体)から第五のメンタル体まで使えるだろうとか、第三レベル(アストラル体)レベルまで行けば第一(肉体)レベルと第二(エーテル体)は使えるようになるのではないかと思うが、そんなことはない。

こうして何生もかけて七つのレベルを駆使できるようになるのは、第七のレベルに立って後のことだが、第七のレベルに立つと彼に残された人生はせいぜい残り一回である。その1回に満たぬ人生の残された時間で、他の六つのレベルを駆使する。これが超能力、神通力。ところがそれをやっていくと次第にうまくいかなくなる。そのメカニズムが消えて行くから(般若心経/バグワン・シュリ・ラジネーシ/メルクマールP57-58)。

この最後の一生をダンテス・ダイジは、約70歳と見立てて、その半分で今生を去り、残り半分をフロリダのビミニ沖に再浮上するネオ・アトランティスで生きると予言。これに比べるとアッサムで、死んだばかりの死体を捜して乗り換えるが如きは、誠にまだまだ修行が完成していない人物の話だと思う。

般若心経の冒頭は、いきなり第七レベルからのスタートである。
『観自在菩薩が彼方にある智慧の完成を実践していたとき、存在の五種の構成要素は、それらは皆、実体を持たない「空」であると見極め、あらゆる苦しみと災いを克服した。』

空であると見極めただけでは、解脱、救済とはならない。さらに先にすすまないといけないのは、チベット密教の修行カリキュラムを見ればわかる。

人間は五種の構成要素でできている抜け殻だが、それを真に抜け殻と見た先に何かが起こるのだろう。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 3535

Latest Images

Trending Articles



Latest Images

<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>