◎特攻映画の発想
永遠の0は、岡田准一と三浦春馬をメインキャストとした特攻映画。テーマは特攻隊員でありながら家族のために生還することを目的とした人物の話。
ホタルは、高倉健主演の特攻映画。戦友であった朝鮮半島出身者の遺品を朝鮮在の遺族に持っていく話。
とちらの戦死者とも、「天皇陛下万歳」と叫んでは散っていかなかったらしい、やや厭戦的な映画に仕上がっている。
大日本帝国は、戦闘機特攻の他に、モーターボートに爆弾を積んだ「震洋」、人間魚雷「回天」、爆弾とロケットエンジンを組み合わせた「桜花」など、人権無視、人命無視の悪魔的特攻専用兵器まで開発、実戦配備した。原爆は開発しきれなかったかもしれないが、人倫に悖る発想は、軍上層部にあったわけだ。
中国古代では、非戦闘要員を戦争に巻き込むのは、人倫に悖るという発想がもともとあった。それは、功過格など、勧善の道教系の発想にも見られる。ところが孫子の兵法などでは、非戦闘要員すら利用しようという発想があり、現代の超限戦(経済戦、文化戦、教育戦、科学戦、思想戦など)につながって来る。悲しいかな、何でもありなのだ。
非戦闘要員の大量殺戮兵器の代表は核兵器だが、実際に製造したり使用したりする国も悪魔的と言えよう。
かくして、「米ソ対立の次は、神様と悪魔の戦い」(出口王仁三郎)などということが言われ、その兵器構想として東洋全体に火の雨を降らせるものがあることも予言されている。
イエスの如き人類愛が、人々に広汎に見られれば、このような悪魔同士の戦争合戦に科学の粋と巨額の資金と膨大なマンパワーを注ぎ込む体制にはなっていないだろう。
人類愛の最初の一歩は、まずは自分が本当の愛を知ること。それには、意識の絶対的な極限状態を通過せねばならないと言われる。
それでも今日も冥想を。
永遠の0は、岡田准一と三浦春馬をメインキャストとした特攻映画。テーマは特攻隊員でありながら家族のために生還することを目的とした人物の話。
ホタルは、高倉健主演の特攻映画。戦友であった朝鮮半島出身者の遺品を朝鮮在の遺族に持っていく話。
とちらの戦死者とも、「天皇陛下万歳」と叫んでは散っていかなかったらしい、やや厭戦的な映画に仕上がっている。
大日本帝国は、戦闘機特攻の他に、モーターボートに爆弾を積んだ「震洋」、人間魚雷「回天」、爆弾とロケットエンジンを組み合わせた「桜花」など、人権無視、人命無視の悪魔的特攻専用兵器まで開発、実戦配備した。原爆は開発しきれなかったかもしれないが、人倫に悖る発想は、軍上層部にあったわけだ。
中国古代では、非戦闘要員を戦争に巻き込むのは、人倫に悖るという発想がもともとあった。それは、功過格など、勧善の道教系の発想にも見られる。ところが孫子の兵法などでは、非戦闘要員すら利用しようという発想があり、現代の超限戦(経済戦、文化戦、教育戦、科学戦、思想戦など)につながって来る。悲しいかな、何でもありなのだ。
非戦闘要員の大量殺戮兵器の代表は核兵器だが、実際に製造したり使用したりする国も悪魔的と言えよう。
かくして、「米ソ対立の次は、神様と悪魔の戦い」(出口王仁三郎)などということが言われ、その兵器構想として東洋全体に火の雨を降らせるものがあることも予言されている。
イエスの如き人類愛が、人々に広汎に見られれば、このような悪魔同士の戦争合戦に科学の粋と巨額の資金と膨大なマンパワーを注ぎ込む体制にはなっていないだろう。
人類愛の最初の一歩は、まずは自分が本当の愛を知ること。それには、意識の絶対的な極限状態を通過せねばならないと言われる。
それでも今日も冥想を。