8. 死を忌避する文明
一厘の仕組、岩戸開き
○死の恐怖との直面を避ける
釈迦は厭世から出でて後、永遠なるものが彼を捉えることを如来と呼んだ。闇からスタートして真の光明に進むのが、彼の手口だが、世界の宗教で、このように「闇」からスタートするものは多い。死を忌避する文明とは闇を認めまい、闇に出会うまいとしてなんとしてもがんばっちゃう方向性の文明のことであり、この文明がまさにそれである。
人間が母性の揺籃のぬくもりを脱して、自我が太母から分離して孤独な成長を図ろうとする時、自我は英雄というシンボルで現われる。英雄登場に際しては、地母神、女神、グレート・マザーは殺される。
それが証拠にユダヤ教、キリスト教、イスラム教には基本的に女性的存在・女神は忌避されている。出口王仁三郎が「キリスト教は三位一体というけれど母神女神がないので、実質二位一体」と見たのはこのあたりの事情である。
この母殺し、女神殺しこそが、この世界に猖獗を極める近代西欧文明のアポロン的特徴である。
女神を殺害した後は、思考や概念、アイディアや記憶、イデオロギーが、新たな自意識の中で不滅を目指すための重要なアイテムとなった。これが英雄の武器となった。
このようにして、いまや我々はマスコミや政府の流すプロパガンダの奔流に溺れ、何が正しいかわからなくなるほどに翻弄されている。
こうした小自我の自意識は、その欲望の肥大化ゆえに絶望に向かう。英雄は、父なる神を意識しつつ、次第に不死を目指す。ところが、すべてを得たいと願う英雄は、全てを得るためには、すべてを捨てなければならない運命にある。
しかし正気にあって、誰がすべてを捨てることができる覚悟を持つことができようか。この死の恐怖との直面を避けている、躊躇と自己欺瞞が現代の世相である。
○世界の転換へのモチベーション
○一厘の仕組−1
○新時代の開闢をなぜ岩戸開きとするか
○神主主義社会への展開
○メキシカン仙人への道
【チャクラと七つの身体−228】
◎アストラル体−97
2.アストラル体の性質−78
8. 死を忌避する文明-1 死の恐怖との直面を避ける
(ザ・ジャンプ・アウト282)
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一厘の仕組、岩戸開き
○死の恐怖との直面を避ける
釈迦は厭世から出でて後、永遠なるものが彼を捉えることを如来と呼んだ。闇からスタートして真の光明に進むのが、彼の手口だが、世界の宗教で、このように「闇」からスタートするものは多い。死を忌避する文明とは闇を認めまい、闇に出会うまいとしてなんとしてもがんばっちゃう方向性の文明のことであり、この文明がまさにそれである。
人間が母性の揺籃のぬくもりを脱して、自我が太母から分離して孤独な成長を図ろうとする時、自我は英雄というシンボルで現われる。英雄登場に際しては、地母神、女神、グレート・マザーは殺される。
それが証拠にユダヤ教、キリスト教、イスラム教には基本的に女性的存在・女神は忌避されている。出口王仁三郎が「キリスト教は三位一体というけれど母神女神がないので、実質二位一体」と見たのはこのあたりの事情である。
この母殺し、女神殺しこそが、この世界に猖獗を極める近代西欧文明のアポロン的特徴である。
女神を殺害した後は、思考や概念、アイディアや記憶、イデオロギーが、新たな自意識の中で不滅を目指すための重要なアイテムとなった。これが英雄の武器となった。
このようにして、いまや我々はマスコミや政府の流すプロパガンダの奔流に溺れ、何が正しいかわからなくなるほどに翻弄されている。
こうした小自我の自意識は、その欲望の肥大化ゆえに絶望に向かう。英雄は、父なる神を意識しつつ、次第に不死を目指す。ところが、すべてを得たいと願う英雄は、全てを得るためには、すべてを捨てなければならない運命にある。
しかし正気にあって、誰がすべてを捨てることができる覚悟を持つことができようか。この死の恐怖との直面を避けている、躊躇と自己欺瞞が現代の世相である。
○世界の転換へのモチベーション
○一厘の仕組−1
○新時代の開闢をなぜ岩戸開きとするか
○神主主義社会への展開
○メキシカン仙人への道
【チャクラと七つの身体−228】
◎アストラル体−97
2.アストラル体の性質−78
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