◎天地の理法のリアクション
朝鮮の神人姜甑山の天地公事と言えば、古神道でいうご神業にあたる。
姜甑山は、できたばかりの新興宗教教団がそうであるように、小規模な信者を集めて、貧しくひっそりと暮らしていた。彼の天地公事というのは、天地の理に随い現世のいろいろなことを正すというようなもので、要路の人間とも交流なく、富豪とも付き合いがなかったので、日露戦争や日韓併合に関与したなどというのは、買いかぶりすぎのように思う。
つまり、姜甑山は一道者として拝み屋的に日韓併合に影響を与えようとしたのかもしれないが、政策決定者のそばで政治工作したというようなことはなかったのではないか。
姜甑山は、スピリチュアルな日韓の関係は、秀吉の朝鮮出兵で日本が大敗したことが見えない怨恨として残っているが、このわだかまりが日韓併合で解けると見ていた。その結果日本は手ぶらで朝鮮から帰って行くと予言しており、第二次大戦後そのとおりになった。
また姜甑山は、ご神業の進め方について、ひたすら世間の眼から隠して行った。曰く、およそ誰が見ても見当のつく様な方法で仕事をしようとすれば世間に知らたり、妨害を受ける恐れがあるので、前代未聞の人知れぬ方法でことを運ぶのが安全である、と。世俗の栄誉や財産形成に無関心な真正のスピリチュアリストのスタイルはこのようなものだろう。
日本が対米英戦に敗れた理由について、彼は、師匠への忘恩反逆が天地の理法のリアクションを受けたものだとする。すなわち日本は、師匠である西洋から多くを学んだ恩義があるのにその技術をもって師匠である西洋の米英と戦に及ぶのは師匠への忘恩背徳であり、これを裁かれると予言し、そのとおりになった。
今アメリカの国力が衰えて、対米追従路線が問われる時期に来ているが、日本が真に次の時代に欧米を凌駕していくためには、日本独自のやりかたを発掘していかねばならないだろう。そのヒントは欧米の理論や思想の中にはないだろう。
姜甑山の言葉では、それは仁(大いなる愛の心)である。
朝鮮の神人姜甑山の天地公事と言えば、古神道でいうご神業にあたる。
姜甑山は、できたばかりの新興宗教教団がそうであるように、小規模な信者を集めて、貧しくひっそりと暮らしていた。彼の天地公事というのは、天地の理に随い現世のいろいろなことを正すというようなもので、要路の人間とも交流なく、富豪とも付き合いがなかったので、日露戦争や日韓併合に関与したなどというのは、買いかぶりすぎのように思う。
つまり、姜甑山は一道者として拝み屋的に日韓併合に影響を与えようとしたのかもしれないが、政策決定者のそばで政治工作したというようなことはなかったのではないか。
姜甑山は、スピリチュアルな日韓の関係は、秀吉の朝鮮出兵で日本が大敗したことが見えない怨恨として残っているが、このわだかまりが日韓併合で解けると見ていた。その結果日本は手ぶらで朝鮮から帰って行くと予言しており、第二次大戦後そのとおりになった。
また姜甑山は、ご神業の進め方について、ひたすら世間の眼から隠して行った。曰く、およそ誰が見ても見当のつく様な方法で仕事をしようとすれば世間に知らたり、妨害を受ける恐れがあるので、前代未聞の人知れぬ方法でことを運ぶのが安全である、と。世俗の栄誉や財産形成に無関心な真正のスピリチュアリストのスタイルはこのようなものだろう。
日本が対米英戦に敗れた理由について、彼は、師匠への忘恩反逆が天地の理法のリアクションを受けたものだとする。すなわち日本は、師匠である西洋から多くを学んだ恩義があるのにその技術をもって師匠である西洋の米英と戦に及ぶのは師匠への忘恩背徳であり、これを裁かれると予言し、そのとおりになった。
今アメリカの国力が衰えて、対米追従路線が問われる時期に来ているが、日本が真に次の時代に欧米を凌駕していくためには、日本独自のやりかたを発掘していかねばならないだろう。そのヒントは欧米の理論や思想の中にはないだろう。
姜甑山の言葉では、それは仁(大いなる愛の心)である。